悪性度
癌は進行すると命に関わる病気ですので悪性疾患と言われます。癌の増殖能の高さを、悪性度といい転移や再発に関わってきます。悪性度の高い癌は、よく「顔つきが悪い癌」と表現されます。悪性度の高い場合には、早期に転移や再発が起こる可能性があります。顕微鏡検査でのグレード3、Ki67 30%以上は、悪性度が高い癌ですので抗癌剤治療を検討します。
遺伝学的検査
細胞の中の核にある遺伝子の変化や染色体の数や構造を調べる検査です。癌を含めて病気の細胞の遺伝子を調べることは既に診断や治療の一部で行われています。正常な細胞(体細胞や生殖細胞)を調べて、将来の病気の可能性を予想することも研究されています。生殖細胞系列の遺伝子変異を調べる検査では本人だけの問題に留まらず、家族の将来にも関係して来ますので、十分なカウンセリングを行う必要があります。倫理的な問題も含めて、社会としてどう対応してゆくのか重要な課題です。遺伝性乳癌(HBOC)を疑う場合に、血液でBRCA1/2遺伝子変異を調べることができます。
遺伝子治療
遺伝子は全ての細胞の中の核にあり、遺伝子によって細胞が作られ働きを持ちます。癌は遺伝子の異常が重なることにより起こります。例えばこの癌細胞の中の異常な遺伝子を正常な遺伝子と置き換えたり、癌細胞だけが死んでしまう遺伝子を挿入する治療法を遺伝子治療と言います。臨床試験が行われていますが、一部の癌に対して有効な報告があるのみで、まだ一般の治療として多くの癌患者さんに使える方法にはなっていません。
インフォームドコンセント
医療スタッフが治療について、その目的、方法、成績、副作用や合併症などの危険性、他の治療法などを十分説明して、患者さんと情報を共有して合意することです。さらに患者と医療者で意見や希望を話し合い、情報を共有してから患者がより積極的に方針を決定することをSDM(Shared Decision Making)と言います。
オーダーメイド(テーラーメイド)治療
個別化治療のことです。各個人の癌の組織型、病期はもちろんのこと、癌で起きている遺伝子異常による変化(癌細胞や周囲の細胞の変化、あるたんぱく質の過剰出現など)を調べて、それに基づいた治療法を行います。乳癌は研究が進み、患者さんにより癌の性質が違っていることがわかってきました。それぞれの患者の癌で最も有効と考えられる治療法を選択します。現在乳癌では、病期やサブタイプにより治療方針を検討します。さらにゲノム情報に基づいたオーダーメイド治療は、プレシジョン医療と呼ばれています。
オンコタイプDX
ホルモン受容体陽性かつHER2陰性乳癌でリンパ節転移がないか、あっても3個までの早期浸潤癌に対して、癌細胞の中の21遺伝子の発現状況を調べることで再発リスクを評価します。多遺伝子アッセイと呼ばれるもので、主に術後化学療法の必要性を調べる目的で行われます。
オンコプラスティックサージャリー
乳癌の根治性と術後の整容性を追求する目的で生まれた手術手技
がん遺伝子パネル検査
遺伝子解析技術の進歩により次世代シークエンサーという解析装置を使うことで、短時間で多く(数十〜数百)の遺伝子変化を網羅的に調べることができるようになりました。癌組織を解析し、癌に関連する多くの遺伝子を調べ、その癌細胞の中で起こっている遺伝子変化の状態により治療薬を検討します。ゲノム医療と呼ばれるもので、中にはこれまで別の癌に対して保険適応になっている薬剤が当てはまる可能性があります。現在、標準治療がないか、進行して効かなくなってきた人が保険適応となっています。パネル検査にある遺伝子には変化が見つからなかったり、見つかっても使える薬剤がまだないことも多く、現状では治療に当てはまる人は限られています。
クオリティオブライフ(QOL)
治療後の生活の状態です。現在は命さえ助かればよいと言う考えではなく、治療後にいかにその人にとって有意義な生活を過ごすことができるかを、考えた治療が求められるようになってきています。治療前の生活レベルをできるだけ、下げないようにすることが目標です。
ゲノム医療
ゲノムとは、遺伝子(gene)と染色体(chromosome)から合成された言葉で、DNAに含まれる遺伝情報全体です。その情報を網羅的に調べ、より効率的・効果的に病気の診断と治療などを行うのがゲノム医療です。ゲノムを調べるのに以前は多くの時間と特別の解析機器、莫大な費用がかかっていましたが、技術は急速に進歩しています。現在進行再発がんに対して標準治療に抵抗性になってきた場合には、がんに関係している多数の遺伝子変化を調べるパネル検査が保険適応になっていますが、遺伝子変化が見つかり実際に薬剤が投与される患者さんは少ない状態です。近い将来には、癌を始め多くの病気の診断と治療に使われるようになると考えられます。
抗TROP2抗体薬物複合体
発現します。さらに取り込まれた癌細胞周囲の細胞にも抗腫瘍活性をもたらすと考えられています。(バイスタンダー効果)適応はダトポタマブ・デルクステカン(ダトロウェイ®)が化学療法歴のあるホルモン受容体陽性かつHER2陰性の手術不能又は再発乳癌、サシツズマブ・ゴビテカン(トロデルビ®)が化学療法歴のあるホルモン受容体陰性かつHER2陰性(トリプルネガティブ)の手術不能または再発乳癌です。
コンパニオン診断
特定の分子標的薬の効果や副作用を事前に調べる検査です。乳癌関連では、HER2発現(抗HER2薬)やBRCA遺伝学的検査(PARP阻害剤)などが該当します。
サブタイプ(subtype)
乳癌を癌細胞の性質によって分けたものが、サブタイプです。元は遺伝子解析により分類されたものですが、簡易的には癌組織を採取して、免疫染色法によりホルモンレセプター(エストロゲンレセプター、プロゲステロンレセプター)、HER2、増殖因子(主にKi67)を調べることで分類します。
主に下記の4つに分けます。
- ルミナルA:ホルモンレセプター陽性、HER2陰性、Ki67低値
- ルミナルB
HER2陽性:ホルモンレセプター陽性、HER2陽性
HER2陰性:ホルモンレセプター陽性、HER2陰性、Ki67高値
- ハーツー:ホルモンレセプター陰性、HER2陽性
- トリプルネガティブ:ホルモンレセプター陰性、HER2陰性
それぞれのタイプにより治療反応性や経過が違って来ます。そのためタイプにより、主として薬物治療法が変わって来ます。初期治療と進行再発がんに対する治療もサブタイプをもとに治療計画を立てます。
術前術後治療の方針を示します。
ルミナルAタイプの乳癌は、最も頻度が多く主にホルモン療法が行われます。大きな癌や、リンパ節転移の数が多い場合には、CDK4/6阻害剤や抗癌剤治療を加えます。
ルミナルBタイプの乳癌は、HER2陽性には抗HER2薬と抗癌剤治療が行われ、その後にホルモン療法となります。HER2陰性には、再発リスクが高い場合にCDK4/6阻害剤や抗癌剤治療が加わります。抗癌剤を投与する場合には先に抗癌剤を投与した後にホルモン療法(+CDK4/6阻害剤)となります。Ki67とは細胞の増殖能の指標のひとつで、数値が高いと再発転移の可能性が高くなります。ルミナルタイプの場合には抗癌剤治療の適応を見るために、切除した癌細胞の遺伝子変化を調べる多遺伝子アッセイ(オンコタイプDX)が保険適応となっています。
ハーツータイプの乳癌は、抗HER2薬(ハーセプチン®、パージェダ®)と抗癌剤が投与されます。術前術後に抗HER2薬が使われるようになって、再発するハーツータイプの患者さんが以前より減ってきています。術前治療で抗HER2薬が投与し手術で癌の遺残が確認された場合には、術後は薬剤を変更したほうが再発率が低下すると報告されています。
トリプルネガティブタイプの乳癌は、ホルモン療法やハーセプチンの適応がないため、抗癌剤が治療の中心となります。再発リスクの高い場合には、免疫チェックポイント阻害剤(ペンブロリズマブ)やPARP阻害剤(BRCA病的バリアントの場合)が使えるようになりました。再発乳癌の場合にも、原則これに則って治療が計画されます。
女性化乳房
男性乳腺の肥大で、癌化することはありません。生理的にも12〜20歳、50歳以降でホルモンバランスにより乳腺が腫れることがあります。薬の副作用(循環器系薬剤など)や肝機能障害により肥大することがあります。圧痛を伴うことが多いです。ほとんどの場合は、経過観察で済みます。
セカンドオピニオン
治療法を決定するために他の医師や医療施設の意見を聞くことです。基本的には病院を移ることを前提とした受診ではなく、元の病院に意見を持ち帰って、担当医と治療法を相談します。病理検査結果やレントゲン写真などを借りて行くと良いでしょう。
線維腺腫
若年女性に最も多く見られる乳房腫瘍です。15〜30歳に好発し、境界明瞭なよく動く腫瘤として触れます。多発することや急に大きくなることもあります。大きさが2cm以上、乳癌や葉状腫瘍が疑われる場合には摘出を検討します。閉経後には小さくなっていきます。
センチネルリンパ節生検
癌が一番最初に転移をきたす可能性の高いリンパ節のことを、センチネルリンパ節(見張りリンパ節)と言います。このリンパ節に転移がない場合、その他のリンパ節には転移が無い可能性が高いと考えられています。早期の乳癌の場合、センチネルリンパ節生検を行うことでセンチネルリンパ節に転移がなければ、腋窩リンパ節の郭清を省略します。センチネルリンパ節を調べる方法としては、主に色素法とRI法(放射性物質を使用)があります。
多遺伝子解析(multigene assay)
生検や手術により切除された癌細胞の中の複数の遺伝子を解析して、癌の性質、治療反応性や予後を調べるものです。従来の病期分類やサブタイプよりも、診断や治療に有用な情報が得られると報告されています。乳癌に対して海外で開発されたオンコタイプDXやマンマプリントが有名で、予後判定や化学療法の感受性の判定に使用されています。現在ホルモン受容体陽性かつHER2陰性乳癌でリンパ節転移がないか、あっても3個までの早期浸潤癌に対して術後化学療法の必要性を調べる目的でオンコタイプDXが保険適応となっています。
男性乳癌
男性も乳腺組織がありますので、乳癌が発生することがあります。頻度は女性の1%以下で、60歳以降に好発します。乳頭付近のしこりで見つかることがほとんどで、女性化乳房と違い多くの場合には圧痛は伴いません。女性乳癌と同じように診断、治療が行われます。
トリプルネガティブ(triple negative)
乳癌のサブタイプの中でホルモンレセプター陰性(エストロゲンレセプター陰性、プロゲステロンレセプター陰性)かつHER2陰性の場合を、トリプルネガティブと呼びます。ホルモン療法や抗HER2剤(ハーセプチンなど)の適応がないため、薬物治療としては抗癌剤のみが適応となります。抗癌剤の反応が良い場合もありますが、反応が悪い場合には、手術後早期に再発し予後不良な患者さんが含まれます。このグループはさらに分類されると考えられ、世界中で治療薬(PARP阻害剤、PDL-1阻害剤など)の研究が行われています。
乳管内乳頭腫
乳管内にできる良性腫瘍です。30歳以降に好発し、多くは血性乳頭分泌が唯一の自覚症状です。非浸潤性乳管癌との鑑別が必要になります。
乳腺症
30歳代後半より閉経前後に起こる乳腺の良性変化です。乳腺組織の増殖や萎縮をきたした状態で、女性ホルモン(エストロゲン)による変化です。痛みや硬結が多く、稀に血性乳頭分泌をきたすこともあります。月経前に増強し、月経後に軽減することもあります。ほとんどの場合は経過観察で済みますが、乳癌との鑑別が難しいこともありますので、自己判断せずに専門施設で検査を受けましょう。
乳房再建
乳房を癌の治療のため失った患者さんが、術後のクオリティオブライフを考えて再び乳房を作る手術です。
自分の脂肪や筋肉を使って作る方法(自家組織)と人工の袋を入れて作る方法(インプラント)があります。乳癌の手術の時に作る方法(一次再建)と乳癌の手術後しばらくして作る方法(二次再建)とがあります。現在では保険適応になりました。
少しずつ再建する患者さんが増えてきています。迷っている方や詳しく知りたい方は、積極的に相談して下さい。福岡大学病院では、形成外科が乳房再建の手術を担当します。
妊娠と乳癌
妊娠、授乳中は乳房が大きくなっていますので、当然小さな乳癌は見つかりにくくなります。しかし妊娠自体が乳癌を引き起こしたり、悪くすることはないと考えられています。再発の危険性が高くなることはなく、治療後に妊娠・出産をしても胎児への異常が起こる頻度は高くなりません。妊娠中に乳癌が見つかった場合には、妊娠周期を考えて治療法を決定します。乳癌の治療で化学療法やホルモン療法中の人は薬の影響がありますから、妊娠しないように注意して下さい。さらに治療終了後でもしばらくの期間は、薬剤の影響が残りますので避妊する必要があります。癌のサブタイプやステージによっては、術後の標準的薬物療法を短くした場合に再発率が高くなるリスクがあります。一方、ホルモンレセプター陽性早期乳癌では一定期間タモキシフェンを内服してから、最長2年間の内服を中断して妊娠・出産を試みる場合には、短期的な予後への影響はないとの報告もあります。術後長期間のホルモン療法後では年齢的に自然妊娠が困難になることが想定される場合や、抗癌剤治療により閉経してしまう可能性を考慮して、妊娠希望の人は薬物治療前に受精卵や卵子の凍結保存する方法が行われるようになっています。(保険適応外)もし妊娠・出産を希望する場合には、担当医とよく相談して早めに生殖医療医へ受診する必要があります。
妊孕性温存療法
妊孕性とは妊娠するために必要な能力のことで、妊孕生温存療法としては、未婚の女性のための未受精卵子凍結(いわゆる卵子凍結)、パートナーがいる場合には受精卵凍結(いわゆる胚凍結)があり、さらに臨床研究段階ですが卵巣組織凍結の方法があります。いずれの場合も薬物療法を始める前に卵巣刺激や採卵(卵子を採取すること)が必要ですので、薬物療法の開始が少し遅くなる可能性があります。実際に出産まで至るのは、現在の報告では胚凍結で約30%、卵子凍結では約4%と報告されています。
採取や維持のための費用がかかりますが、経済的負担の支援制度もあります。
標準治療
多くの病気に対して科学的に(臨床試験において)治療効果や安全性が確認された治療法の中で、最適なものが標準治療として国内あるいは世界的に認められます。癌の場合、癌の種類やサブタイプ、病期によって標準治療は異なりますし、時代によっても変わってきます。標準治療では十分な効果が見込めない場合や、まだ標準治療が確立していない場合は、臨床試験を行うことにより新たな標準治療が作られて行きます。標準治療は、普通の治療という意味ではなく、現在提供できる、最も信頼できる治療です。‘最新治療’と言われるものも、その後に検証され認められていけば、標準治療になります。
ブレストアウェアネス
日頃から自分の乳房の状態に注意を払い、変化に気づくことで、乳がんの早期発見につなげようという考え方です。乳房の変化に気づいたら、早めに医療機関を受診しましょう。
分子標的治療薬
癌細胞に特異的に存在する分子や抗原を狙い、その機能を阻害することで癌の増殖を抑える薬剤です。抗癌剤やホルモン療法剤と併用することが多く、従来の抗癌剤やホルモン療法剤による治療成績より優れた効果が期待できます。従来の抗癌剤とは異なった副作用が出現することがあります。一方で薬価が高価で、投与前に効果予測が必ずしもできないことが問題です。乳癌で主に使われる薬剤として、商品名としてハーセプチン®、パージェタ®、カドサイラ®、エンハーツ®、アバスチン®、アフィニトール®、イブランス®、ベージニオ®、オラパリブ®、トリカプ®などです。最近では新しい癌の治療薬の多くが、分子標的治療薬です。
マンモトーム®
針生検の一種で、エコーやマンモグラフィと併用して病変部の組織を採取します。吸引をかけながら組織を吸い取って行きますので、普通の針生検よりも採取できる組織量が多く、より得られる情報量が多くなるため正確な診断ができます。エコーでは見えない微小石灰化の集簇病変も、マンモグラフィと併用して生検可能です。皮膚の傷は、数mmだけで外来で局所麻酔をして行います。
免疫チェックポイント阻害剤
免疫チェックポイント阻害薬は,癌細胞がリンパ球などの免疫細胞の攻撃を逃れる仕組みを解除する薬剤です。PD-L1というタンパク質が癌細胞にたくさん発現している場合には、PD-1抗体やPD-L1抗体の有効性が高くなります。乳癌では、アテゾリズマブ(テセントリク®)やペンブロリズマブ(キイトルーダ®)が保険適応となっています。
免疫療法
人が持つ異物を排除する働き(免疫)を利用する治療法です。しかし癌細胞はもともと自分の細胞から変化した細胞なので、免疫システムをすり抜けてしまうことがあります。これまで‘免疫療法’とされていた多くのものは実際の効果がなく、再現性のないものでした。近年研究が進み、癌の治療薬として認可された免疫チェックポイント阻害剤は、免疫細胞(リンパ球など)からのすり抜けを阻害することにより効果を及ぼします。分子標的治療薬で、進行再発トリプルネガティブタイプ乳癌に適応があります。
薬剤耐性
癌に対する薬物療法で、はじめはよく効いていた薬でも、次第に効かなくなってきます。これは癌細胞の中で、その薬に対して耐性(抵抗性)をもった細胞だけが生き残って効かなくなってしまったからです。その場合には、働きの違う薬に変更する必要があります。細菌と抗生物質の関係も同じです。
葉状腫瘍
乳房にできる腫瘍で、顕微鏡所見が‘葉状’に見えるためこの名前が付いています。乳房腫瘍の0.5%以下と稀な腫瘍ですが、40歳以降に好発し、短期間に大きくなることがあります。病理組織検査で良性、境界病変、悪性に分けられます。多くは良性ですが、悪性の場合には肺や骨に転移を起こし生命に関わることがあります。針生検では線維腺腫と鑑別がつかないこともあります。治療は、腫瘍を露出させないように周りの組織をつけて切除します。
リキッドバイオプシー
従来の組織生検の代わりに、主として血液を使って診断や治療効果予測を行う技術です。血液中の極少量の癌細胞や癌細胞の成分、遺伝子の一部を調べます。患者の負担が少なく、早期に癌の遺伝子情報による適切な治療につながる手法として近年、世界中で研究開発が進められています。
臨床試験
より良い医療のために、新しい治療法や診断法、薬を開発しなければなりません。その時実際の患者さんに参加してもらい有効性と安全性を、今までの治療法(標準治療)との比較を科学的、客観的に行う試験を臨床試験と言います。このうち新しい薬の承認を厚生労働省から得るための試験を、治験と言います。患者さんは十分な説明(インフォームドコンセント)を受け、納得された患者さんが参加します。参加した患者さんは、新しい治療法を受けることができる利点がありますが、必ず効果があるとは限りません。日本でも大きな病院を中心に臨床試験が行われています。臨床試験には3つの段階があり、第1相(安全性の確認)、第2相(有効性の確認)、第3相(従来の標準治療との直接比較による有効性・安全性の総合評価)と勧められます。今の標準治療や薬も過去の患者さんたちの臨床試験によって認められてきたものです。
AKT阻害剤
癌細胞の増殖に関わるAKTを選択的に阻害することにより、癌細胞の増殖を抑制する分子標的治療薬(カピバセルチブ)です。内分泌療法後に増悪したPIK3CA、AKT1またはPTEN遺伝子変異を有するホルモンレセプター陽性かつHER2陰性の手術不能または再発の乳癌が保険適応となっています。
AYA世代
AYA世代とは、Adolescent and Young Adult(思春期・若年成人)の頭文字をとったもので、主に15歳~30歳代までの世代を指しています。日本では毎年約2万人のAYA世代が、がんを発症すると推定されており、患者さんは学生から社会人、子育て世代とライフステージが大きく変化する年代であり、一人ひとりのニーズに合わせた支援が必要です。15歳~19歳では、白血病、胚細胞腫瘍・性腺腫瘍、リンパ腫が多く、20代~30代では、乳癌、子宮頸癌、甲状腺癌などが増えます。
BIA-ALCL
BIA-ALCLは、乳房再建術で挿入した乳房インプラント(特にテクスチャードタイプ)周囲に形成される被膜組織から発生するT細胞性非ホジキンリンパ腫です。発症頻度は低く約2,200-86,000人に1人の割合とされています。一般的には、乳房インプラントを挿入してから平均9年程度経過してから乳房が腫れてくる兆候がみられます。手術後の定期検査を行って、もしBIA-ALCLと診断された場合には、外科的治療などにより治癒が見込めます。
BRCA1/BRCA2
乳癌や卵巣癌の約5-10%は親から受け継いだ変化した遺伝子によって起こるとされ、その遺伝子変化(病的バリアント)によって起こる乳癌を遺伝性乳癌と呼びます。いくつかの原因遺伝子が報告されていますが、その中で乳癌に関わる頻度の高い遺伝子がBRCA1とBRCA2で、この遺伝子の変化による乳癌や卵巣癌は遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(hereditary breast and ovarian cancer,HBOC)と呼ばれています。HBOCは常染色体優性遺伝により親から子に受け継がれ、BRCA1遺伝子変化があると70歳までに乳癌を発症する確率は46-78%、卵巣癌は20-40%とされ、BRCA2遺伝子変化ではそれぞれ43-80%、11-22%と報告されています。さらに膵臓癌や前立腺癌の発症リスクが高いことが分かっています。HBOC乳癌は多くの非遺伝性乳癌と比べ、若年発症、両側性、多発性乳癌が多い特徴があります。血液検査によりBRCA1とBRCA2遺伝子変化は検査することができますが、前記のような保険適応の条件があります。またBRCA1/2の病的バリアントの場合、膵臓癌(Pancreatic cancer)や前立腺癌(Prostate cancer)のリスクが高くなることが分かってきましたので、HBOCからHBOPPCと表記されるようになっています。
CDK4/6阻害剤
CDK4/6阻害薬は細胞分裂が行われる細胞周期の制御などに関わるCDK4/6を阻害することで細胞周期の進行を停止させて抗腫瘍効果をもたらす薬剤です。ホルモンレセプター陽性でHER2陰性の乳癌に対してホルモン療法(抗エストロゲン薬やアロマターゼ阻害薬など)との併用により、ホルモン療法単独よりも予後を改善させます。パルボシクリブとアベマシクリブの2剤が保険適応となっています。
EBM(evidence based medicine)
経験や思い付きではなく、科学的に証明された証拠(エビデンス)に基づいて行う医療のことです。エビデンスは臨床試験によって作られ、毎年増えて行き、変わってゆきます。医師は患者に合致したエビデンスを集め、それに基づいて治療計画を立てて行きます。しかしエビデンスは限られた範囲ですので、患者さんによっては当てはまらないことも多く医師は試行錯誤しながら治療を行う場合もあります。毎年種々の癌に対する、多くのエビデンスが確立されています。
さらに近年では、治療を受ける患者の価値観を重視したVBM(value based medicine)も広がっています。
HER2(human epidermal growth factor receptor type 2)
細胞表面に存在する上皮細胞増殖因子のレセプターの一種で、正常細胞では細胞の増殖などを調節する働きがあります。乳癌患者の2割程度でHER2(ハーツー)遺伝子が増えて、HER2レセプターが増加しています。(陽性と言います)HER2陽性乳癌患者は、陰性の患者に比べて再発率は3倍以上であることが解っています。遺伝子を調べるか、遺伝子から作られるタンパク質を癌の組織で調べることによりHER2陽性か陰性かを判定します。トラスツズマブ(ハーセプチン®)やペルツズマブ(パージェタ®)という薬は、HER2の抗体でHER2の働きを妨害します。ハーセプチンは術前や術後投与の適応があり、術後の再発率は半分以下になりました。再発癌に対しては、ハーセプチンにパージェダと抗癌剤を併用することで予後が改善できます。トラスツズマブエムタンシン(カドサイラ®)、トラスツズマブデルクステカン(エンハーツ®)は、ハーセプチンに抗癌剤を組み合わせた薬剤(ADC)です。
Ki67
細胞周期関連核タンパクで、細胞増殖のマーカーとして組織検査で調べられます。染色された癌細胞の核の比率を数値で表します。数値は傾向を見るためのもので、30%以上は増殖能が高く、悪性度が高いと考えられます。予後に相関しますが、治療効果予測にはなりません。MIB-1はKi67を染色するときの代表的な抗体です。
PARP阻害剤
BRCA病的バリアントの乳癌細胞では、二本鎖切断DNAの細胞修復ができないため主にPARPが働いて一本鎖切断DNA修復が行われます。PARP阻害剤であるオラパリブ(リムパーザ®)、タラゾパリブ(ターゼナ®)はその一本差修復を阻害することで癌細胞死が誘導され増殖が抑制されます。BRCA病的バリアントの乳癌で、再発リスクの高い場合の術後治療や再発癌に対する治療に適応があります。
PD-L1
細胞表面に発現するタンパク質で、T細胞のPD-1受容体と結合することで、免疫細胞の働きを制御し、癌細胞への攻撃にブレーキをかける役割を持つものです。PD-L1発現率によって、免疫チェックポイント阻害剤の適応を決定します。
PET(positron emission tomography)
癌細胞がブドウ糖を正常細胞より多く使うことを利用して、CTやMRI検査ではできない質的診断が可能な検査法です。CT検査装置と組合わせたPET-CT検査が主流になってきています。微小転移や悪性度の低い癌を見つけることはできませんが、リンパ節転移や遠隔転移の有無など、どこに癌が潜んでいるかわからないときに有用なことがあります。癌の術後や治療中の人、癌が疑われる人には、保険適応になります。
RFA(ラジオ波焼灼療法)
「乳房を切らない」治療法です。全身麻酔をかけて皮膚から癌へ専用の針を差し込んで、約70℃まで加熱して変性壊死させます。適応は腫瘍径1.5㎝以下、腋窩リンパ節転移および遠隔転移を認めない限局性早期の乳管癌です。乳房部分切除術と同じように、術後に放射線治療や薬物療法を行います。
Shared Decision Making(SDM)
医療者と患者が共に話し合い、患者の価値観や希望を考慮して治療方針を決定するプロセスです。医療者が患者に様々な治療選択肢やリスクとベネフィットを説明し、患者は自分の価値観や目標を医療者に伝え、最適な治療方針を話し合い決定します。従来のインフォームドコンセントよりも患者が積極的に方針決定に参加する機会を提供します。